年金記録紛失問題は社会保険庁のずさんな管理という行政側の落ち度が招いたものであることから、年金受給・加入者の利益保護を最優先したためだ。ってのはある程度仕方ないとしても、判断材料となる資料などがなくても「人柄、態度など総合判断で『この人は正直に話している』と判断できる」(梶谷氏)と、心証に左右されることを認めている。
人柄って、、、こう言うの得意な人もいるでしょ。詐欺師とか。正に詐欺師マンセーな基準では???
「期間や金額を具体的に定める法定証拠主義ではなく、自由心証主義(確からしさの総合的判断)で判断する」
ちなみに自由心証主義はWikipediaで
どうにもこうにも、、、適当でOKみたいに見えるのは気のせい?数ヶ月くらい払ってないなんて状態には全く対処できないってことで、、、。そんなことは度台無理ってわかってても納得できるもんじゃない。まだまだ火種はたっぷり転がってるみたい、、、。


この話,納得できませんよね。
自由心証主義ですが『自由な判断に委ねる』のはいいのですが,その判断の基準が曖昧な『人柄や態度』であることに問題がありますね。
ここで,実際の裁判官が正しい判決を下すための心がけとして三宅正太郎著『裁判の書』に記されている話を引用します。
『すなわち、石臼で茶の葉を引きつつ、出来た抹茶の粉の粒が不揃いでないかを見て、自己の心の乱れの有無を点検する。いわゆる明鏡止水の状態に至って初めて訴えの内容を聴くものの、容姿・風貌などに惑わされて判断を誤らないように、障子を隔ててその訴えを聴くというのである。』
つまり『自由心証主義』にしたがって判決を下す裁判官には高度で客観的な判断力を求められているのです。
したがって『人柄や態度』といったことに惑わされずに,証言や状況を客観的に判断することを求められているのが自由心証主義です。
今回の『人柄や態度』というのは自由心証主義を浅い考えで運用するといった誤りを犯しています。
私の考えでは『合理的な判断により,保険料を支払っていないと判断できる場合のみ支払を認めない』とするのが正しいと思います。
これだけの不手際をしでかした行政側に立証責任があるのが当たり前であると思います。